2014年7月31日木曜日

Borobudurで目標を達成

なんとか明るいうちに Borobudur に
到着し、ここで宿探し。

地図にも出ていたし、Lonely Planet にも
乗っていた Lotus 1 Guesthouse が
すぐに見つかり、値段も125000ルピアと
悪くなかったので、すぐに決めてしまった。



シャワーを浴びて、宿にあるレストランで
ご飯を食べることに。
良心的な値段だった。


たまには、今日の出費をまとめて。

朝ご飯 mie ayam 10000ルピア
ガソリン 80000ルピア
昼ごはん soto ayam + nasi 20000ルピア
飲み水 5000ルピア
トイレ 2000ルピア
夜ご飯 gadogado + nasi 16000ルピア
ビール大瓶 bingtan 30000ルピア
宿代 125000ルピア
合計 288000ルピア(2600円ぐらい)

ひたすら東を目指す11日間、8日目にして
目標のジョグジャカルタに近い
Borobudur まで来たので、
明日からは観光をしながらゆっくりと
8月6日までにデンパサールを目指す
ことにする。

Wangonでお昼

Wangon という街で、
お昼を食べることに。


soto ayam と nasi で 20000ルピア、
180円ぐらい。


小さな渋滞には何度か遭遇したが、
昨日ほどの渋滞はなく、東に進めた。
ずっと走りっぱなしで、ほとんど
写真も撮らず。
踏み切り待ちで1枚。


自動二輪車が反対車線にまで
はみ出して待っているのが
わかると思う。

Puncak Kolotok を見ながら

5時に起きてゆっくり温泉に浸かる。
また渋滞に巻き込まれることを恐れて
6時過ぎには出発した。
もう1泊してゆっくりしたいところだが、
宿代も高いし、先を急がねばならないし。

Cipanas の朝は、馬の歩く音が
通りに響く。
観光用ではなく、足として使っている。


Garut を抜ける。
反対車線では既に渋滞が始まっていた。
写真は、前が空いたのに進まない車がいて、
後ろの人が前の車のところに行ったら、
運転手が寝ていた、というところ。
夜通し走ったのだろうか。


田の向こうに見えるのは
Puncak Kolotok かな。


1時間ほど走ったが、気温が23度と
寒いので、朝ご飯を食べるのと、
メッシュジャケットの下に薄手の
ダウンジャケットを着ることに。
朝ご飯、mie ayam 10000ルピア、
90円ぐらい。


Garut から Tasikmalaya に
抜ける道で、東に走って行く。
この道は谷沿いを走る道で、谷に
棚田が所狭しと並んだ景色が
朝日に浮き出て非常に綺麗だった。

2014年7月30日水曜日

温泉宿に泊まる

Garut への道も渋滞していて、
Garut に着いたのは20時半すぎ。
この街には Cipanas という
温泉街があり、宿がいくつかある
みたいなので、そこで宿探し。

1軒目、さっき満室になったよ、
と笑顔で言われる。
2軒目、650000ルピア、6700円、
予算を遥かにオーバー。
21時近くでちょっと揺らいだが却下。
3軒目、満室と言われる。
4軒目、500000ルピア、4500円却下。5件目、満室と言われる。
6軒目、400000ルピア、交渉したら300000ルピア、2700円になった。
悩むこと2分、もう21時半近くなので
予算を超えているが、折れてしまう。

部屋は窓のない古びたもの。
本来ならこんな部屋に3000円近くも
払わないが。


なんと、かけ流しの温泉付き。
トイレまで付いているのはご愛嬌。


温泉に入って汗を流して、ご飯に行く。
お米が食べたかったので、nasi goreng を
食べた。


宿に戻って、もう一度ゆっくりと
温泉に浸かる。
今日は本当に疲れた、温泉で良かった。

今日覚えたインドネシア語
penginapan
宿のこと
海沿いで penginapan と書かれた
看板を良く見かけたので、宿だろうと
予想を付けていた。
温泉街にも同じように書かれていて、
今日泊まったのも penginapan 。
losmen との使い分けは不明。

Bandungで大渋滞

Cianjur の街で。
渋滞回避のためか、市街地では
無理やり一方通行にしたり、さらに
市街地を通らないようにしていたり
走り辛くしている。
まずは、駐車している車の取り締まりが
先だと思うのだけど。


Bandung の街に入る手前で、
渋滞が起きていた。


自動二輪車は右側左側と、我先に
進んでいく。
正面からバスとか大型バスが来た時の
ことを考えていないので、これが渋滞を
悪化させる原因の1つ。
さらに路線バスの運転は最悪で、
路肩だろうが対向車線だろうが、
少しでも空いていれば前に行く。


Bandung の街は意外とすんなり
抜けられたが、途中でぶつけられる。
直進していたら、右折待ちの
自動二輪車が指示器も出さず急に
左に動き出した。
私の箱に当たる。
すると、当てた自動二輪車は逃げる
ようにすり抜けしていった。

Bandung を出るところで酷い渋滞。
20分待っても全く進まないことあり、
だんだん Bandung で宿を取れば
良かったと後悔してくる。


すっかり日も暮れてしまった。
それでも、あまり進まない。


行き先を変更して、南下し Garut を
目指すことにした。
ここでまたぶつけられる。

渋滞で止まっていたら、左の箱を
ぶつけられる。
相手は白菜を満載した横幅を広げた
自動二輪車で、「おい!」と言ったら
逃げるように路側帯を抜けて行った。

久しぶりに箸を使う

Pelabuhan Ratu まで来ると
なぜか人が少ないビーチに。
ここから一気に山を上がって行く。


山をあがっていくと、お茶畑が
広がっていた。
観光用のお茶売りとか特になく
ただただ広がっている。


内陸に入って、Sukabumi で
給油し、お昼になったので、適当な
店に入ることに。


メニューはこんな簡単な感じ。
値段が書いてあるので安心。

食べ物は4つしかない。
mie ayam 50円を注文した。


インドネシアでは珍しく、箸が置いてあった。
タイからマレーシアに入ると、中華料理店
以外では見かけなくなり、インドネシアは
完全なフォークとスプーンだったので、
ちょっと驚いた。



味はそれなり。

ビーチへの渋滞

e11の7日目、出発していきなり
間違った方向に進む。
疲れているのかな。
綺麗な川を見ながらUターン。


3号線という主要道の筈なのに、
どうしちゃったの、というような
酷い道が続いたりする。


海岸線をぐっと迂回する道になった。
急坂に急カーブに、日本では
味わえないような道だった。


Cisolok を過ぎると渋滞が。
ビーチがあるので、人が押し寄せて
いるみたい。
朝早く、まだ渋滞が少なくて良かった。


反対車線はかなりの距離、渋滞が
続いていた。

2014年7月29日火曜日

ビールが売っていない

近くの食堂で、おかずを選んで
ご飯の上に乗せてくれるものと、
スープを頼んでみた。


帰りにコンビニ3軒、小さなスーパー1軒を
回るが、どこにもビールが売っていない。
完全なイスラム地域のようである。
宿の人に聞いてみたら、商店なら
売っているかもとは言っていたが、
その商店はもう閉まっている。

仕方なく、コンビニで前から気に
なっていた Larutan という飲み物を
買ってみることに。
第二のふるさとがマン島である私は、
このマークを見逃す筈がなく。
他にサイの絵が描かれたのが、
良く売られている。


これは何かと聞いてみたら、あまり
よくわからないけど、元気が出るとか
そんなジェスチャーだった。
瓶のは高いので、缶のストロベリー味を
買ってみた。


イチゴの香りが付いた水、
という味だった。
体に何か変化はあるのだろうか。

Bayahで宿

暗くなる前に、宿を見つけた。
値段を聞くと一番安い部屋で
77000ルピアと予算内。
お願いして、荷物を降ろすが。


蚊が何匹か部屋の中にいる。
部屋を見回して、網がかかっていない
スリットを見つけた。
これじゃ、蚊が入ってくる。


別な部屋は無いか、と聞いて、
向かいの部屋が99000ルピア、
900円ぐらいなので、そこを見せて
もらった。


ちゃんと網がかかっているし、
この部屋でも予算内だし、
蚊も居なかったのでそっちに移動。


安いだけあって、シャワーは無くて
桶でジャブジャブ体に水を掛ける。


暑いしこれで十分。
部屋もほとんど寝るだけだし。

左の箱をぶつけられる

Serang の街からずっと渋滞。
Pandeglang まで酷い渋滞で、
その先も所々で渋滞。

警察も緩和するためなのか、
道路を封鎖してガソリンスタンドの
中を通るようにしたりして、一体
どうしたいのか良くわからない。


この後の合流で何か車体が右に
傾くなと思ったら、左の箱を
左にいたワゴン車が押していた。

インドネシアの人は1cmでも
前に出ようという精神なので、
私の車体に箱が付いているのを
知らずに左から合流していき、
ぶつかって押された感じ。

「おいっ」と叫んで、バックさせて
なんとか倒れることはなかった
けれども、気分が良くない。
日本だったら警察を呼んで、傷の
入った場所を弁償させるのだけど
そんなことをやっていたら、
この渋滞の中でいつ警察が
やってくるのかもわからないし、
この箱を弁償してくれる気が
しないし。


ちょっとメインの道路を外れて走ると
道がとんでもなく悪くなる。
本当にこの国を走るのは大変。


17時前、やっと南側の海に出た。
宿探しをしないといけないけど、
なかなか見つからない。


ジャワ島はスマトラ島より人口が
多いので、ある程度予想はしていたが、
ここまで酷いとは思わなかった。
せめて、道の状態が良かったら
助かるのに。

ジャワ島に入っても道路は変わらず

ジャワ島に入って、道路を走る。
やっぱり荒れた部分があったりして、
インドネシアはインドネシアなんだな、
と再認識して。

高速道路も自動二輪車通行禁止。
通れればジャカルタに行っても
良かったのだけど。


Merak の街で特徴的な
モスクがあった。
4つの塔がある不思議な感じ。


まずは、Serang の街を目指す。

Java島Merakに着岸

ジャワ島が大きく見えて来た。
手前にある島を回りこんで、港に
入るみたい。


着岸が近づいてきたので、人々の
動きが慌ただしくなる。
どうせ時間がかかるだろう、ということで
私はのんびり下りていく。


既に下船しようと跨っている人もいる。
着岸時が一番揺れるので、それに
備えてしっかりと車体を抑えることに。


無事に着岸。
自宅警備員を見つけた。
こんなところにいたら、仕事放棄に
なってしまうよ。
というか、この人は意味を知ってて
着ているのだろうか。


スロープを下りて、ジャワ島上陸。
何かがすごく変わる訳じゃないが、
いつもこの瞬間って特別に思う。


首都がある島なので、道路状況が
良くなっていれば良いのだけど。

ジャワ島に向けて出港

客室に向かうと、扉のついた部屋が。
この先は12000ルピアかかるらしい。
もったいないので、別な場所を探す。


船の後ろの方に椅子があった。
お金を払わない人は、ここに陣取る
みたい。
インドネシアなので、当たり前のように
みんなタバコを吸っている。


9時頃船はゆっくりと進みだした。
色々あったスマトラ島、また来る
ことはあるのだろうか。


だんだんと小さくなっていくスマトラ島。
湖で泳いだり、赤道を越えたり、
色々思い出す。


意外とヒマだったので、本を持って来れば
良かったと後悔した。

ジャワ島へのフェリーに乗船

フェリーの中に入って、並べられた通りに
私も駐輪する。
倒れないように固定ができないので
ちょっと心配。


中はガラガラなのだけど、これ以上
搭載しないみたい。
係員の人に聞いて、自動二輪車を
移動して良いか確認し、移動することに。


倒れないようにタイベルトを掛けられる
場所に移動して、ベルトを掛けた。


前後でベルトを掛けて、これで一安心。
船も想像より大きかったので、そんなに
揺れることはないでしょう。


荷物を持って、客室に向かう。